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うち天

アドラー心理学を子育てに活かそうとして日々挫折するブログ

長女をかわいいと思いはじめるのに半年前かかったという告白


娘を溺愛しない父親なんているのか!? - コバろぐ

こんなステキなエントリーを見ました。 やっぱりパパにとっての娘(ママにとっての息子)はちょっと特別な存在。

でもわたしはちょっと時間がかかりました。 そんなポエム記事です。

長女をかわいいと思いはじめるのに半年前かかった

さっそくですが、タイトルとおりの告白です。

わが家の第一子である長女、いまは4歳になった彼女を「かわいいな」と思えるようになったのは生まれて半年くらい経ったころでした。

じゃあ半年間、どう思っていたのか。

ことばにするのは難しいんですが、かわいいはかわいいんです。
でも、いまの思いとは全くちがう。

見た目としてかわいい、もちろん存在としてかわいい。大切。
批判を覚悟で言うならばどこか「ペット的」という感じ。動物やキャラクターを見て「かわいい」と感じるのに近い。

愛情といえるほど自分の中で確固たるものがなかったんです。
ひどい親です。

娘と息子を愛しています

時間はかかりましたが、半年経ったころから長女に対する気持ちが変わってきました。 そのころ(生後半年ごろ)になにか特別な変化があったわけじゃありません。

ただ単に、時間がかかっただけ。

それが異常だと言われたら何も言い返せません。生来人間嫌いで人と深く付き合うのが苦手。自分の子も例外ではなかったということかもしれません。
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ああ、改めてことばにするととても悲しいことに思えてきました。
こどもとの関係を「付き合い」と表現したり、「コミュ障だからわが子もかわいくない」なんて、やっぱり人として問題があるよね……。

でも。

でも、いまは娘も息子も愛してる。そう言い切れます。

4年経って

生後半年ぐらいからかわいいなーと思えるようになって、「愛してると」思えるようになったのはそれからだいぶ先の話です(いつごろかは正直おぼえてないです。年単位と思っていただければ)。

4年経ったいま、愛情表現はいまでも苦手。
それでもありがたいことに、長女はわたしを親として慕ってくれています(たぶん)。

世間の「溺愛」のイメージとはちがうかもしれないけど、わたしなりにこどもたちを愛しています。口に出すのは照れくさいけど。

もしいま、自分のお子さんへの愛情に自信が持てないパパ・ママがいたら、ひとつの参考にしてもらえればと思います。

こんな欠陥人間でもなんとか親としてやってますよ!

おわりの一句

愛情に
時間をかけても
いいじゃない