うち天

子育てで日々挫折するおじさんのブログ

【感想】『一発屋芸人列伝』髭男爵 山田ルイ53世にしか書けなかった一発屋芸人の多様な生き様


一発屋芸人の多様性

一発屋芸人のその後を追った本書。

一口に「一発屋芸人」といっても中身はまるで違う。

売れ方も違えば、生き残り方も違う。いまでもテレビで見る芸人もいれば、営業仕事すらない者もいる。自分に厳しい者もいるし、「自業自得じゃん」と言いたくなる芸人もいる。

爆発的人気のあとパタリと見なくなった芸人たちのその後を知る機会は少ない。本書は、一発屋芸人たちの多様な生き様に迫った一冊だ。

美しきハードゲイ、お笑いに向き合わないお笑い芸人

本書で「綺麗」と表現される「レイザーラモンHG」。

一発屋芸人の集い「一発会」や24組の芸人が参加した“一発屋総選挙”の旗振り役を努める彼が、なぜそのような活動を行うのかを問われこう答えた。

「僕達には、経験してきたものをこれからの一発屋に伝える役目がある。『ブレイクしたらこんなことが起こりますよ……だから気を付けましょう!』と、毎年誕生する一発屋の子達に対処法や、受け皿を提供したい。そんな組合的なスタンスでやらしてもらってる」

この発言を山田はこう評する。

 終始穏やかな語り口は、もはや芸人のものではない。断酒会か何かのリーダー、あるいは、NPO代表のそれである。

断酒会か何かのリーダーとは言い得て妙ではないか。NPO代表のこういう発言、どこかで見聞きしたことある、と納得してしまう。

続いては髭男爵ひぐち君。2015年、ワインエキスパートの資格を取得したらしい。

「山田はラジオとか書き物の仕事をしている。僕はワイン。それで、コンビとしてお互いレベルアップ出来れば」

山田はこう断ずる。

 ポリフェノールの副作用か、意味不明である。一つだけ確かなのは、彼がお笑いに真剣に向き合うことは恐らくもう無いということ。

相方の文筆家としての活躍を受けて「自分も」と資格取得に奮闘した。特に違和感もなく読み飛ばしてしまってもおかしくないひぐち君の「それらしい」発言だが、言われてみるとたしかに意味がわからない。

これからの一発屋芸人の未来を想うHGと、なぜかワインエキスパートのひぐち君。真逆のふたり(二組)の対比がおもしろい。

山田ルイ53世の文才

「ルネッサ~ンス」でおなじみ髭男爵の山田ルイ53世。その人が書いたノンフィクションである。

「新潮 45」での連載当時から人気だったようで、たしかにとても読みやすく、スッと引き込まれる。

練り上げられた表現

膨大な読書量に裏付けられた気の利いた表現がたくさん使われている。

ちょっと「クサイ」というか、うまいこと言おうとしている感じがところどころに出てしまっている気がする、などと言ったら芸人さんに失礼だろうか。

しかしそれも芸人らしいことばへのこだわりの現れだ。

こちらの記事でも毎回締切ぎりぎりまで推敲を重ねていたことに触れられている。

まさに漫才のごとく練り上げられた文章なのだ。

山田ルイ53世にしか書けなかった本

この本は著者、山田ルイ53世にしか書けなかった。前述の通りの小粋な表現などという表面上の話ではない。

他の一発屋芸人たちからホンネをうまく引き出し、それに対して時にはツッコみ、時には共感する。彼自身が一発屋芸人でなければ実現し得なかった芸当だ。

読んでいると自分がいつの間にか山田ルイ53世の視点に立って、一発屋芸人たちに「○○やないか〜い」と突っ込んでいる。

一発屋芸人たちの現状や、なぜ一発屋になったのかの分析も的確だ。

前述のとおり、一口に「一発屋芸人」と言っても、売れ方から現状から10組それぞれまったく違う。それぞれに対して辛辣な表現で厳しく断罪したかと思いきや、仲間を見守る優しい眼差しも見せる。

どちらも山田のホンネだろう。彼自身が厳しい現実を生き抜いてきた一発屋芸人なのだから。

一発屋芸人が一発屋芸人の視点で一発屋芸人を取材する。

この企画と山田ルイ53世の組み合わせを見出した新潮社の編集(?)の慧眼といえよう。本書はかなりヒットしているようなので、企画者はさぞほくそ笑んでいることだろう。

雑誌ジャーナリズム賞作品賞

本書は第24回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞したそうだ。

芸人を取材し、現場へ潜入(というか共演)し、批評し、読者へわかりやすく伝える。

まさに「ジャーナリズム」だ。世の自称ジャーナリストたちはぜひ本書を読んでジャーナリズムとはなにか感じ取って、大いに見習っていただきたい。

おわりに

「ジャーナリズム」の名を冠する賞の受賞作品ということで、少し大げさな書き方をしたが、構える必要はない。

ワインでも飲みながら、気軽に目次を開いて「ああいたな、この人」と気になった芸人について読み始めればいい。どの芸人の生き様もそれぞれ強烈だ。

『ヒキコモリ漂流記』は中学2年から20歳まで6年間引きこもり生活を送っていた山田ルイ53世の自伝だ。一発屋芸人以上にハードな山田の人生。こちらも必読。